
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックをはじめ多くの芸術家が活躍した1880~1890年代。
近代美術史のなかで最も豊穣なこの19世紀末は、多様な美意識が生まれた時代でした。
かつての三菱一号館もまた、この頃建設されました。
当美術館は、この時期に制作された美術をグラフィック作品や工芸品を中心に収蔵しており、
今後企画される展覧会などの機会に順次展覧します。
トゥールーズ=ロートレック(1864〜1901)が没するまで手元で保有した250点あまりのグラフィック作品群。
このコレクションは、ロートレックの死後、画家の親友にして最大の理解者であった画廊主モーリス・ジョワイヤンに一括して譲られ、その近親者の手で近年まで保管されたことで、散逸を免れました。
そして現在、東京・丸の内の三菱一号館美術館で公開の時を待ちます。
そのなかには、彼の芸術の真骨頂ともいえる主要なリトグラフやポスターのほか、他で見る機会の少ない珍しい刷りの
作品や、晩餐会のメニューといった私的な用途のために制作された希少な作品が含まれます。
さらに、ほぼすべての作品に、ロートレックの名の頭文字を組み合わせたモノグラム「HTL」が付されています。
この緋色の刻印を押した人物こそ、画家の遺産管理者としてその評価の向上に貢献したジョワイヤンにほかなりません。
この小さな印は、本コレクションの重要性だけでなく、作品を介したふたりの絆の深さをも今に伝えています。

2009年4月、三菱一号館美術館はフランス南西部のタルン県アルビ市にあるトゥールーズ=ロートレック美術館と姉妹館となりました。13世紀建造の要塞であり代々司教館として利用されたベルビー宮内にある同美術館は、1922年7月の開館以来、県や市の協力と地元企業や個人の支援によって支えられ、現在では年間16万人が訪れる観光の要所として広く親しまれています。ロートレックの母アデル伯爵夫人が寄贈した油彩、版画、ポスター、素描など約1000点を中心に、質・量ともに最大級のコレクションが収蔵されています。
『レスタンプ・オリジナル』は、1893年から1895年にかけてパリで限定版として発行された版画集です。ロートレックやピエール・ボナール、モーリス・ドニ、ポール・ゴーガンをはじめとして、19世紀末のパリで活躍した著名芸術家による様々な技法の版画約100点が含まれます。当館が所蔵するのは、スイスの大コレクターであるサミュエル・ジョセフォヴィッツがかつて所有した完全な揃いの版。世界的にも希少なコレクションです。これらに加えて、ナビ派の画家ボナールの《パリ生活の小景》連作(ジョセフォヴィッツ・コレクション)やドニの版画集《アムール(愛)》など、19世紀末のフランスを代表するリトグラフ作品も所蔵しています。
ニューヨーク在住のコレクターが「生活のなかのジャポニズム」をテーマに半生をかけて蒐集した珠玉の美術工芸品群。
その一部が当館に寄託されています。200点以上の陶磁器、銀器、ガラス作品等からなる本コレクションには、ミントンやロイヤル・ウースター、ティファニーやゴーハムなど、英米をはじめとする各国で生み出された美しく実用的な品々が多く含まれます。
このパステル画は、ロベール・ド・ドムシー男爵(1867-1949)の城館を飾った16点の壁画のうちの1点です。1893年にルドンと知りあった男爵は、1896年に図書室の暖炉上を飾る1点のみを依頼することを思い立ちますが、やがて計画はネオ・ゴチック様式の大食堂の壁面を覆う規模へと拡大されました。ルドンは36㎡を下らない大きな壁を、当初は18分割することを考えていましたが、最終的に16分割(16点)に仕上げました。およそ3年の制作期間を経て、作品はブルゴーニュ地方のヴェズレー近郊にある男爵の城館に運ばれ、設置されました。その後は、全く公開されることなく、1988年に"相続税の美術品による物納"制度により16点のうち15点をフランス共和国が取得し、オルセー美術館に収蔵されました。しかし、その中心的な存在であった《グラン・ブーケ(大きな花束)》のみが男爵家の大食堂に残されたままでした。この度、当館にて新規収蔵した《グラン・ブーケ(大きな花束)》は、その壮麗さという点において、ほぼ同時期に描かれたオルセー美術館所蔵の15点を凌駕しておりドムシー男爵城館の装飾画の中で、そしてルドンの装飾壁画作品全体を通しても、最も重要な作品の一つと言っても過言ではありません。ルドンにとってこの装飾画制作は、やがて最晩年に手がけることとなる最大の装飾画(南仏・フォンフロワッド修道院の図書館壁画)への転換点となりました。これらの神秘的な一連の大型装飾画は、ナビ派の装飾画の数々や、モネの《睡蓮》の大装飾画など、近代から現代に及ぶ新たな「装飾」芸術の大きな流れの中に位置づけることができるものです。